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明日は我が身-見山の郷バイク事故の話

投稿日:2016年9月9日 更新日:

記憶が薄れないうちに書いておこうと思います。

9月3日、見山の郷の朝市に野菜を買いにいくという名目でちょっとバイクで流してきました。
長谷の棚田を眺めて見山の郷で野菜を買って帰るいつものショートツーリング。

北側から見山の郷に向かい、最後のコーナーを抜けてすぐが事故現場。

VTR1000がUターン中の軽自動車のドライバー席に突っ込んだ事故です。

バイクは40代くらいのツナギ姿の男性。自動車には病院に向かう途中だった近隣にお住まいの方のようでした。

バイクの男性はしっかり会話ができる状態ですが主に2か所を痛がり動けません。
自動車の運転手さんはバイクに側部を強打されずっと右わき腹を抱えています。

お連れのリッター4発のSSに乗っていたライダーさんとバイクを移動させ、バイクの破片を拾い上げます。
自動車やバイクが行きかう中、居合わせた私とお連れさんで交通整理をしながらの作業。

自動車のドライバーさんは横腹をかかえつつ自動車を移動させます。

警察と救急車の手配。

軽自動車の横に乗っていた病院にいく途中だった女性の方は車の中でガタガタ震えて泣いています。

車は側面が大きく、運転手の座席までへこみ、バイクはトップブラケットの歪み、アンダーブラケットの亀裂、アルミフレームや倒立フォークも多少なりとも歪んでいるかもしれません。フロントはほぼ半壊状態。

ランニングしている高校生たちも遠巻きに眺めています。

なぜこんなに詳細に書かねばいけないのかといいうと、今なら生々しい記憶が残っているから。伝えられるから。

過失の有無と過失割合。誰が加害者で誰が被害者なのか。
法律的、感情的にいろいろな言葉が割り当てられ、過去の事例に基づいて事故は粛々と処理されていきます。

この日見た事故をブログで取り上げて、誰が加害者だとか、被害者だとか、法的にどのような過失があったのか、そんな事をいちいち説明したいわけではありません。
当事者たちには他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転する義務があったという話です。

「生きててよかったですね」とライダーの方にかけた言葉は、親しい友人をバイクで亡くしてから心から思う言葉でした。

明日は我が身。

流されず自制するようになったのは友人の事故が契機です。

自分がいくら転んでも多少のケガを負ったところで笑っていられました。

気を付けなきゃと思いつつ本気で自制することはできませんでした。

どこか自分だけは大丈夫と思い込んでしまっている。

ちょっと頭が弱すぎです。私も含め多くのライダーは。

今回の事故、もし彼が死んでいたら。

想像してみてください。

家族が彼の死を冷静に受け入れられるまでの長い期間、どんな思いで過ごすのか。
たくさんの人が訪れ、悔やみの言葉を掛けられるたびに唇をかみしめる。
ベルトコンベアーに運ばれるように、淡々と儀式は進み、彼が灰となり、彼を大切に思う人がそれを手にするとき、何を感じるのか。

自分の死は受け入れられると豪語するライダーは滑稽です。

ご家族、親しい方の心を何度も殺すことも受け入れられるのでしょうか?

バイク乗りですから、バイクはなかなか降りられません。

たまたま運よく生き残った自分はなんとか自制する心は持てるようになりました。

バイクに今も乗りつづけている以上、明日は我が身。

どうかひとりでも多くのライダーが生き残れますように。

なにより自分自身がそうならないよう、このブログ記事を今後の戒めとします。

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